こんな人いませんか?ある時は音楽講師をして、ある時は韓国語講師もしている。かと思えばホームページを制作して、本業は何かと聞かれたら困っていました。これ私です。
え?本業全部なんだけど。というか一つのことしてるんだけど、あんたには「色々やっている」ように見えるんだな。
起業したての時は「色々やっているんですね」恐怖症に陥って、名刺交換するたびに「来るぞ来るぞ、色々やってるんですね攻撃」と構えていました。かと思えば、すんなり「城谷さんみたいな人が近所にいたら本当嬉しいのにな」と言ってくれる人もいて、この違いは何かなとずっと考えていましたが答えは出ませんでした。
起業して2年程たった時に、母校のビジネス交流会から講演の依頼が入りました。依頼当初は「参加者はサラリーマンが多くて起業を考えている人もいるだろうから、城谷さんの起業の話をしてもらったら背中を押されて起業準備を始める人もいるかもしれない」と言われました。その話を真に受けていそいそと当日の資料を準備しました。起業に至るまでの話から現在のサービスまでをまとめたものです。
起業している人が集まってしまった起業セミナー講師で、あなたは何を語る?
ふたを開けると参加者は同窓の40代以上の会社代表者が多く、当時私は28歳。一体なんでこんな人たち向けに「起業のススメ」を話さないといけないのか意味不明でした。資料を用意しなおす時間がないので準備した資料を流しながら最初は話しましたが、この人たちに起業のススメを話したところでお互い時間の無駄やんと開き直り、計画していた話は前半でやめて、残り時間はひたすら「母校の吹奏楽部の宣伝」をしました。
母校の吹奏楽部(私も所属していました)は、大阪の南地区では割と人気のある方で、毎年3月の定期演奏会は、1,300席を超える客席が二日間埋まるほどの人気です。私が吹奏楽部の宣伝をするのは所属していたからだけではなく、どちらかというと「吹奏楽部の課外指導員(講師)」としての観点から行いました。起業セミナーじゃなかったら「不登校だった私が母校に還る理由」という題目にしたらよかったなと。これいいね、また記事にします。
そんな風に、前半は起業の話・中間部は現在行っているサービスの話・後半は音楽講師の話をしたところ、とある先輩からこんな一言が。
年上からのマウンティングが一番面倒くさいのに、マウンティングで反撃する私はアホ。
「色々やってて大変やね」
「なんで一人でやってるの?」
「起業したら雇用を生まないと会社作った意味がないんじゃない?」
人を上下で見る人だと感じました。目には目を歯には歯をではないですが青二才の私はそこで反撃をしてしまいました。
上下攻撃をしてくる人には上下攻撃を・・・。やったらやり返せ・・・。いわゆるマウンティングです。
その先輩から名刺をもらうと見覚えのある会社でした。そこで攻撃1発。
「●●にお勤めなんですね。私の親戚も同じ会社なんです。」
「え?そうなん?どこの部署?」
「部署は知らないですけど、●●っていう名前です。」
いい感じに効いていたみたいなので、言い返される前に攻撃もう一発。
「●●さん(別の人)は前の会社ですごくお世話になって、いろんなこと言ってくる人がいると思うけど、応援してるから頑張って!と応援してもらってるんです!」
その先輩は私の目の前から去っていき「話を聞いてくれそうな人」なところに去って行きました。
きっとこの先輩が知ってるであろう二人の名前を「お守り」代わりにして撃退しました。私的に一番嫌な撃退法です。だってマウンティングですもの。わたしはあなたの会社の役員に応援してもらっています。という、今思えばだからなんやねんという防御。
生命力の弱かった当時の私にはこの方法で攻撃&防御するしかありませんでした。
マウンティングし返すのは低レベルな悪あがき。回避せよ。
今の私なら「そういう考えもありますね」の一言で済ませますが、当時の私は若かった…。
マウンティングされたら、防御するのも阿保らしいので「回避」がベストです。そもそも、自分が一番嫌いな「マウンティング」をしてくる人にマウンティングし返すって低レベルな戦い…人と戦ってどうする。私の人生の中で一番無駄なこと。あくまでも、私の人生の中でね。
でもこの先輩のおかげで、色々とわかったことがありました。以下に続きます。
私の人生の目標は「話を聞いてくれて、お年玉くれる年配者」になること。
私の理想とする人は、平成27年9月に亡くなった大辻康夫氏。私が以前勤めていた会社顧問でした。美味しいものを腹八分ではなく腹六分食べて、私のような若輩者の話をよく聞いてくれて、時にはてんぷらをご馳走になって「腹六分を超えそうだからあんたがこのエビを食べなさい」と言ってエビの天ぷらを一尾くれ、新年には「今年もよう働きなさい」といってお年玉をくれました。
もう一人、令和1年12月26日に亡くなった父方の祖父、城谷純夫。尊敬できないところ1点あり祖父は話を聞いてくれなかった(笑)小学校2年生の時に将来の夢を祖父に話したら声を荒げて反対されてから、大人に自分の夢を話したら反対されると思い、そこから大人には事後報告するのがいいと癖がついてしまった私です。祖父も大辻さんのように美味しいものや美しいもの、衣服にお金をかけるタイプでした。最後に聞いた言葉は「なんか美味しいもんないか」でした。お年玉もたくさんくれました…
どんな夢も応援してくれて(60代の頃の祖父は違ったけど(笑)若い人を見守ってくれる年配者。
私が死んだら「城谷麻美さんは、みんなの話をよく聞いて応援してくれて、美味しいもの美しいものを愛していて、心が広い人だった」と言われたいです。だからそんな風になれるように生きていきます。
「どんな仕事してますか?」の質問に一言でこたえられる人がうらやましかった。
名刺交換をすると「どんな仕事していますか?」の質問が鉄板じゃないですか。そんなときに「不動産業です」とか「飲食業です」と一言でこたえられる人がものすごく羨ましかったです。私の場合は、「音楽と語学を使って愛と調和のある事業をしています」と言いたいところですが、それを日本で言うと「は?」ってなるじゃないですか。なので、序盤は「音楽教室と語学教室の運営をしています。」と話して、まだ興味ありそうだったら続けて「音大生支援としてコンサートの企画や式典音楽を作ったり…」とサービスを羅列していました。
私が音大生支援という単語を使って活動し1年経ったころ、音大生の力とお金を搾取する変な業者や行政が湧いて出て悪いイメージが出回ったので、2年後に「音大生支援」という単語は使わないようにしました。今は、音大生やフリーランス1年目の人に「変な業者や行政に引っかからないようにね」と助言する程度です。そこから有料で相談をしたいという人がいたら、とことん付き合うというようにしています。
もしこの記事を読んでいて「行政につかまってしまった」という人がいたら、気軽に相談してください。行政とうまく付き合うコツというものが存在するので一緒にステップアップしましょう。
働き方=生き方としてのセラピスト。
話が飛びましたが、世界一信頼して相談できる人に相談してみた結果、私には「セラピスト」という単語が一番合っているのではないか?ということでした。世の中には音楽セラピスト・アロマセラピストなどいろいろあり日本ではどちらかというと「国家資格なしで施術する人」のイメージがありますが本来の意味である「知識と技術を使って心身を癒す」。そのために必要な「カウンセリング能力」「アドバイス能力」を加え、相談に乗りアドバイスをし、専門的知識と技術で導くことを仕事にしているので、「セラピスト」として名乗っていくことにしました。
全ての音楽人に寄り添う医薬サービスを始めます。
2022年秋ごろには、医薬と音楽を用いた新事業を始めます。そのためにドラッグストアで修行中。これも賛否両論あるんだろうなあ。「色々やってる」私の多動力を注意散漫のようにとらえるのはそろそろやめていただきたいヽ(`Д´)ノ
一つのことに集中して仕事するのがいいというのはあなたの価値観だ。あなたの人生でやってくれ。
最初は〇〇セラピストと何か名前を付けようかと思いましたが、それをするときりがないので「セラピスト」として生きていきます。
職業名ではなく「生き方」を一言で表現しているイメージです(^^)
ということで、2020年からは【セラピスト城谷麻美】として生きていきます。そのあとは、ただ「城谷麻美」として生きていけたらいいな。
よろしくお願いします!